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旅立てJack

April 12, 2008

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 俺は長野市で生まれた。

 進学のため18で上京し、6年かかって大学を卒業。雑誌編集の仕事に就き、月の半分以上を編集部の机に突っ伏して寝るような暮らしを10年以上続けて、ふと気がつけば46だ。

 これはまったくもって大げさな言い回しでなく、振り返ればあっという間の出来事。四捨五入すれば50歳、いやはやなんとも、まったくもってその自覚はない。そうか、光陰矢のごとしというのはこういう意味だったのか。

 一昨年末に長年務めたモーターサイクルマガジンの編集長を辞して文筆家を志した俺は、仕事柄年の内360日をジーンズとスニーカーで過ごしていることも含め、2030代とほとんど変わらないつもりでいるのだけれど、それだけに46という数字に思いを巡らせると愕然とする自分がいる。こんな歳が現実として自分に訪れるとは、予想だにしなかった。片時も止まることない時の流れの、なんと無慈悲なことだろう。

 18で東京暮らしを始めて四半世紀を越えた。つまり今や故郷長野で過ごした時間より、東京の方が長いことなる。

 30代も終わりに近づいた頃、このことに気が付いて少なからず驚いた。24で働き始めて以来、押し寄せる仕事をなんとかこなすことだけに精一杯で、故郷なんて思い出しさえしなかった俺なのに。

 故郷は遠くにありて。

 この言葉の美しさに気づいたのは、40過ぎてからのことだ。

 俺の両親は今、長野市内から野尻湖に抜ける北国街道沿いの、リンゴと桃の果樹園と田圃が広がる山間の小さな村落に暮らしている。季節毎に色を変える美しき景色の中で、元気な老人たちとともに、ゆっくりと老いてゆく父と母。

 嗚呼いとおしき故郷よ。年食うことは、まんざら悪いことばかりではない。

 俺はオートバイ乗りだ。

「何をしてもいいけどバイクだけは絶対にダメ」という母親をなんとか説き伏せて、ヤマハの原付きを手に入れたのが16のとき。東京に出てすぐに(両親には内緒で)中型免許を取得し、以来いつだって俺の暮らしはオートバイとともにある。

 ハーレーダビッドソンを専門に扱う「ホットバイクジャパン」マガジンを創刊したのが1990年。以来編集長として雑誌を作りながら、オートバイで走り続けてきた。つまりオートバイに乗ることは俺にとって仕事でもあるわけで、もはや趣味とはちょっと言いづらい。

 オートバイにはさまざまな楽しみがある。所有する楽しみ、走る楽しみ。パーツを交換してカスタムしたり、自分の手を汚してメンテナンスする楽しみ。その中で俺は、オートバイで旅することに熱中した。

 20代後半から取材の名目で頻繁にアメリカを訪れるようになり、ロサンゼルスからフロリダ/ニューヨークへ2度の大陸横断を含む、たくさんの旅をした。

 入国審査の長い行列の最後尾で緊張にヒザを震わせ、道端に落ちている石ころひとつさえアメリカの石ころで、清水の舞台から飛び降りる決意でモーテルのドアを押し開いた。目に入るあらゆる光景にいちいち感動しながら、地平線に向かって一直線に伸びるフリーウエイでスロットルを握り続けたあのころ。

 同時に日本各地を走り続けた。北へ南へ、東へ西へ。北海道から屋久島、沖縄まで。そうして俺は少しずつ見知らぬ土地を旅することに慣れ、オートバイを離れて世界を旅するようにもなった。

 オートバイによって、鍛えられた僕がいる。

 知らない人と話すことが苦手な、シャイな青年時代を送った俺だった。どこかに行きたい、知らない土地を旅してみたい。そんな思いに背中を押されて旅に出た。

 オートバイは、人と言葉を交わすことが不得手な旅人にとって、格好の相棒と言える。野営道具を積んで走りだせば、日々一回「ガソリン満タン」以外の言葉を発することなく走り続けることができるのだ。そうして俺は孤独な旅を重ね、世界のどんなへんぴな場所でも一人で旅立てる男になった。

 オートバイの旅は素敵だ。

 時に仲間たちと連れ立ったり、時に妻や恋人とともに、時にひとりきりで、初めての道をゆく快感。これほど胸躍る世界を僕は他に知らない。

 深い森を縫うように伸びるワインディング。時折現れる雄大な山並み。残雪を残した遠き頂が、真っ青な空と向かい合っている。新緑の芽吹きの匂いは風となり、ライダーの体を洗う。

 右へ、左へ。オートバイを体もろとも傾けながら、次々と現れるコーナーをやっつけていく。重力と遠心力を、アスファルトと触れ合った前後タイヤのわずかなレッドゴムで受け止める、奇跡のバランス。時として地面に生身で叩きつけられるリスクとともに、ライダーが享受するのは、自らを縛るもののない自由な時間。

 ひと気のないキャンプ場に荷を下ろし今宵のねぐらをこしらえて、バーナーでお湯を沸かす。蒸気が上がるコッヘルにティーパックを放り込み、どんな喫茶店よりも美味しい紅茶をゆっくりとすする。西の稜線に落ちて行く夕陽が世界を金色に染める。

 今日走ってきた道を思い出す。明日走る道に思いを馳せる。どこからともなく沸き上がる闇があたりを覆い尽くす前に、小さなランタンに火を灯した。ロウソクのわずかな光は深まる闇とともに輝きを増し、この灯火が届く範囲が今宵のライダーの居場所だ。一陣の風がザワザワと吹き抜け、再び訪れた静寂のただ中で、ひとりぼっちの夜が更けていく……

 

 同じことが繰り返される日常から抜け出すことを旅と呼ぶならば、ライダーは、荷物をリアシートにくくりつけて家の前を走りだした瞬間から旅人となる。そして強いて言うなら、大勢よりも二人、二人よりひとりの方が、つまり人数が少ないほど旅の純度は高くなる。

 オートバイの背に打ち跨がって走り出した瞬間から、俺たちはもはやこの上なく自由である。東へ行こうが西へ向かおうが、ひたすら走り続けようが休憩ばかりしていようが、それらを決めるのは100%自分自身でしかない。

 オートバイの旅は素敵だ。

 自ら巻き起こす風のただ中で、灼熱の太陽や頬を切る寒風に身を晒し、雨粒に打たれながら、ライダーは自分自身を思い出す。

 事実は小説よりも奇なりを地で行く凄惨な事件が連日のように世間を賑わし、既得権益を守ることに汲々としたお偉いさんたちは談合と汚職にまみれ、イジメと勝ち組負け組に満ち満ちたろくでもない今の世で、意固地な上司と生意気な新人の板挟みで擦り減ったキモチを、もいちど大きく膨らませる時間がそこにある。

 青春時代の一ページ、あるいは若き日の憧れのまま、オートバイが過去の思い出となっている人は少なくないはずだ。ゴルフも温泉旅行も、家族サービスも楽しい。しかしどうだろう、俺たちの暮らす日常のすぐ脇には、心躍るあの美しき世界が待ち受けている。

 歳なんて、関係ないのだ。いやむしろ僕の中で、オートバイで長い距離を走るタフネスは、年を重ねるごとに強くなっている。

 勇気とは不安を打ち消すことではない、不安に向かって行くことだ。

 トム・ソーヤを生んだアメリカの冒険作家、マーク・トゥエインはこう言った。

 忘れてはいないか、夫や父親や社会人である前に、俺たちは俺たち自身であることを。

 さあ、旅に出てみよう。意のままにどこまでも突き進む、あの鉄の馬に打ち跨がって。

Comments

旅立てJack

+ Posted by: イケダシン | Apr 30, 2008 5:42:08 AM

酒好きに言わせれば、酒のない人生なんてつまらない。
確かに、一理あるのだろう。酒を飲まない俺にはわからない。
楽しみ方は人それぞれ。
でも、バイク乗りというより“バイク持ち”みたいなやつらは、走りつづける旅の快感を知らない。
あーよかった俺の人生こんなんで。

旅立てJack

+ Posted by: KAZMA | Apr 13, 2008 10:42:45 PM

 DEAR 池田さん

貴方をリスペクトするハーレー乗りのKAZMAです。

自分は1日1000キロだって走れる3度のメシより遠乗り好きなロンサムライダーです。
自分の周りはオートバイ乗りが多いですし新しく知り合う人もオートバイ乗りの人バカリです。しかし、残念な事にオートバイで旅する事のその素晴らしさに気ずいている人のなんと少ない事か。会社のオートバイ好きの先輩に「何でわざわざバイクで遠くに行くのか意味が分らない」なんて言われる始末。同じオートバイ好きにですらこう思われているのだから、オートバイにまったくキョーミのない人には理解不能なんだろうなぁ…なんて思っています。
結局のところ自分さえ良ければいいんですけどね。
しかし僕は、オートバイに乗っていながら旅に行かない人は、当たった宝クジを手にしながら返金しに行かないようなものだと思っています。

周りは、お金の豊かさばかり追いかける人ばかり。
それも、けして間違いでわないと思う。
現実、2児の父である自分は1円でも多く稼いでこなくてはなりません。
しかし、自分は、何とかヒルズに住めるようなセレブよりもその日暮らしでも寅さんに心惹かれます。ビンボーだけれども100万円のボーナスよりも40日間の夏休みのほうが僕には魅力的です。

オートバイで旅するようになってから自分の中の価値観がそれまでとはまったく変わりました。
片岡義男さんと同じで「オートバイが僕の先生で僕はその弟子」だと思っています。

オートバイがすべてを教えて教えてくれました。その素敵さに気ずかせてくれたのは、リスペクトする池田さんや林由樹さんだったと思っています。

自分は、子供にさすらい、冒険し旅する事の魅力に気がつく人になってほしいと願っています。

あー旅の中で眠りたい。

                                          KAZMA

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