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  • 池田 伸: 路上へ
    池田伸著となる初の単行本『路上へ』。 MHTVストアでも販売するけど、送料がかかってしまうので、お近くの本屋さん、またはAMAZONで是非。 (★★★★★)


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故郷は遠くにありて

January 04, 2007

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故郷長野、山間の村にて

新年の挨拶に、と従兄がやってきた。

年に一度顔をあわせる程度の間柄、あけましておめでとうと挨拶を交わし、父母と従兄の会話をしばらく聞いていた。

彼はもう60をいくつか過ぎているのだけれど、すこぶる若々しい。77になるウチの親父もずいぶん若く、年より若く見えるのはイケダ家の血筋なのかもしれない。

会話の中心は健康や無添加にまつわる食の話。体に良くておいしくてしかも安い食がいかに良いものか、俺は頷きながら聴いていた。

ウチの母「そういえばあの去年のチェリー酒、おいしかったわね」

俺「ちぇ、チェリー酒? なにそれ」

従兄「焼酎の中にアメリカンチェリーをつけたんだよ。色もすごくきれいでね。あれからいくつか試してみたけど、チェリーが最高かな」

嫁、美和「うわ-なにそれ、おいしそう」

すると母は窓の外を指差しながらこう言ったのだった。

「そうよ。だからウチもアメリカンチェリー植えたもの。2年後にはできるから、もうちょっと待ってなさい!」

………

なんかいいなあ、としみじみ思ったよ。

買えばいいわけさ。車で10分も下れば大きなスーパーマーケットやショッピングセンターが並ぶ町だから、そこではなんだって手に入る。でも苗木を買ってきて植えたって言うんだぜ。

スローライフとかエコロジーとかロハスとか、都会にはナチュラル至上主義者がたくさんいて、体にいいもの癒されるものを目の色変えて探してる。

なんか違和感あるんだよなぁ、俺。環境大切、そりゃ当たり前だけどもさ、なんかそれを横文字にしておしゃれみたいな感じになるとすごくコマーシャルっぽくなって、そこは俺の居場所じゃない。

豊かさってのはさ、やっぱ金だけじゃないんだよなぁ。金で買える豊かさもあるけど、金じゃない豊かさもある。どっちも素敵だ。でも今の俺は金じゃないほうのやつに強く魅かれる。

あした世界が終わるとしても、今日木を植える。

そんな生き方がしてみたい、と強く感じた2007年正月、あけましておめでとう。これが書初めだ。今年もよろしく!

帰京

January 07, 2007

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帰京いたしました。

30日に帰省して8日間。こんなにのんびり田舎で過ごしたのは、18で東京に出て以来初めてのことで、なんかすごく良かった。

今年の暖冬ぶりはすさまじく、長野の山間の村にある我が家の庭に雪がない正月、これも初めて。夜はマイナス3度くらいだからさすがに寒いといえば寒いけど、例年なら10度を越えることも多いわけで。もちろんマイナス。温暖化? でも去年は豪雪だったし。

仲間たちと何度か集まって騒いで、毎日青空で、食って寝て、いい正月だった。そしていろいろ考えた。豊かさについて。老いについて。友について。自分自身の生き方について。それを少しずつ書き綴っていこうと思う。

あらためまして、本年もよろしく。

さあ、仕事始めだゼ!

あ、それよりもまず明日は走り初め!!

ひさびさの。

March 08, 2007

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ずいぶんサボっておりました。

叱咤激励、ありがとう。反省。

近況です。

2月5~16日、妻美和のふるさと沖縄に帰省。誕生日割引で一人片道13000円。

美和はひとりでたまに帰っていたけれど、おれはといえば、旅学5号「無人島漂流記」以来の沖縄行。つまり2年と少々ぶり。そんな不肖の息子を沖縄の家族は(87のばあちゃん含め)変わらず元気で迎えてくれた。

滞在中の最高気温25度。道行く車はほとんど窓を閉め切ってクーラーをかけ、日中は街ゆく人の多くがTシャツ。近くのスーパーで680円のおしゃれな短パンを購入し、実家の犬を連れてビーチを散歩するのがおれの唯一の日課なのだった。

夜なんかも、沖縄の人は寒い寒いというのだけれど、雪国で生まれ育ったおいらはTシャツで十分。暖冬とは言え2月、沖縄おそるべし。

がしかし、ある朝、目覚めたら発熱で動けず。39.5度。病院に運ばれ、解熱剤を飲んで簡易ベッドで点滴しながら2時間寝たら、けろっと熱が下がった。

現代医学おそるべし。

翌日、美和の友達から借りたクルマに寝袋を積んで、二人で放浪の旅に出た。病み上がりのおれは助手席。

クルマはスズキの軽自動車で、その名も「Kei」。軽自動車にKeiと名づけるスズキのセンスもどーかと思うが、走行11万キロオーバーにもちょっとびっくり。トウキョウというかニッポンでは、10万キロオーバーのクルマなんてまず見ない。しかしここ沖縄では、当たり前らしい。

美和の兄貴によれば「10万キロ走った車なんてぜんぜん珍しくない。沖縄は中古車王国」。そういえばやたらと中古車屋を見かける。

飛行機でひとっとびだから忘れがちだけど、沖縄は絶海の孤島だ。地図で見てみればよく分かる。だからこの島に運ばれた車はすべからく、この島で寿命をまっとうするワケだ。

南海の孤島。

海岸沿いを走る国道に照りつける陽差しはまさしく夏のそれで、開け放ったスズキの窓から大声で叫びたい気分だった。道端の古ぼけた共同売店でラムネと島ぞうり=ビーサンを買ってビーチを歩くと、そこはまさに楽園のようだった。

離島にわたって港の公園に車を止め、ここで寝ようということになった。

はじめのうちは「それってどうなの」といぶかしがっていた美和も、バーナーでお湯を沸かして入れたインスタントの泡立つカプチーノをすすりながら暮れゆく海を眺めていると、まんざらでもない様子。満天の星に埋め尽くされた夜空の下にぽつんとたたずむKeiは意外にも愛らしいのだった。

フロントのシートはフルリクライニングするとほぼフラットになって、狭い室内にもかかわらず二人で寝るにも不自由はない。狭いながらも楽しい我が家。優秀な日本車万歳。

翌日はやんばる(島北部の田舎地域)に住む友人宅へ。

尚ちゃん=森岡尚子は東京生まれで、アフリカを放浪したのち農業に目覚め、アジア各地を歩いた後に帰国、沖縄に移住。自給自足を目指して暮らしている。

写真もすごく上手い尚ちゃんは、雑誌「旅学」で島の暮らしを連載し、昨年9月にTBSの情熱大陸という番組でも取り上げられた。ひょっとして見た人もいるんじゃなかろうか。http://www.mbs.jp/jounetsu/2006/09_03.shtml

石垣で電気もない暮らしを6年、同じ志の旦那と結婚し娘をひとり作って、田んぼを求めて本島に渡り、旦那が見るに見かねて手を貸してくれた大工さんと建てた家に住む。

自給自足。それはエコロジーとかスローライフとかロハスなんていう言葉と一緒になって、そんな世界に漠然とあこがれる風潮が現代社会にはあるようだ。

しかし本気でそれを目指す尚ちゃん夫妻の暮らしは実際スローでもなんでもなく、農作業や家事で時間が足りない、(本人曰く)ファストライフなのだった。

都会に居がちのエコロジストとやらがおれはどうにも苦手で、しかし初めて会った旦那と意気投合して、縁側で星がこぼれ落ちそうな夜空を見ながら長いこと話をした。

4歳になる娘の和鼓ちゃんは、お土産に持っていったりんごを包丁を持ち出してざくざくと皮をむき始め、その姿を見ながら尚ちゃんは言う。

「見てると怖い。でも怪我すれば覚えるから。目を背けて、泣いたら初めて見る。そんな感じ」。

病院が嫌いな尚ちゃんは、石垣島の電気もないコンテナハウスで和鼓ちゃんを生んだ。産婆さんもおらず、自分で生もうと産科に電話して「へその緒の切り方を教えてください、って聞いた」のだという。「出産4週間前に偶然産婆さんと知り合って、取り上げてもらった」と屈託なく笑う尚ちゃんなのだった。

タームという沖縄特産の芋を揚げた茶菓子、庭のハーブを干したお茶。トマトソースのパスタには庭から積んできた葉がたっぷりと。電気の通っても冷蔵庫がない尚ちゃんの暮らしでは、庭が貯蔵庫の役目も果たしているわけだ。色とりどりの野菜が液体に浸かったビンがたくさん並ぶ、土間のキッチン。素朴で、あったかい風景。尚ちゃんはなにごとにもセンスがいい人だから、とても素敵に暮らしている。過酷な自給自足をすべてひっくるめて楽しんでしまう彼女は、強い人なのだなあ。そう思った。

電灯もトイレもない暮らし、それはイメージすることも難しい。でも冷蔵庫がない情況なら想像してみることはできそうだ。

アイスクリームや冷凍食品はいうに及ばず、牛乳や卵やバターや野菜は常温でどれくらい持つのだろう。そうか、氷もないし、冷えた飲み物を飲むことはできないわけか。そういえば森岡家の旦那は一升瓶の泡盛を茶碗に注いでストレートで飲みながら、「氷なんてこのへんじゃ贅沢さぁ」と言っていたっけ。

雑誌やテレビやラジオが言うところの「スローライフ」は、結局のところ、お金を払って購入する癒しなんだろう。エルメスやヴィトンを買うように、時間限定のスローライフを手に入れる。

一歩一歩足を踏み出しながら、自分がしたい暮らしに確実に近づいている尚ちゃんの暮らしから、たくさんの強いインスパイアを受け取った。自分がしたい暮らしを明確に描き、まっすぐ真剣にそこを見つめて進んでいこう。そう思ったら肩の力がすっと抜けた。

癒しの島沖縄、おそるべし。

ようやく沖縄という島の入り口に立った僕は、これから長い時間をかけて、この島と付き合っていける。いつかここに住みたいなぁ、そのときは軽トラとチョッパーがあれば十分だな。そんな思いが募る小さな旅だった。

H-D沖縄にも顔を出して「路上へ」を2冊献本。紅一点の松田さんの笑顔が変わらず素敵で、うれしかった。

スズキを貸してくれたひんみちゃん、ありがとう。またよろしく。

尚ちゃん、おなかにいる二人目の子も元気に産んでね。

ようし夏にまた行くゼ。

カメラとH-Dの
比較文化論?

March 27, 2007

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本日、デジカメを購入。

我が家のデジカメは仕事用に購入したニコンのD1Xという一眼レフのでっかいヤツで、ちょっと持って歩くというようなシロモノではない。こういったブログなどでちょっとスナップを撮るといった行為には、いたって不向き。

コンパクトなヤツが欲しいな、と思い続けて早半年。時々ネットサーフでいろんなモデルをチェックしてたんだけど、いつまでもうじうじしててもしょーがない、と突発的に近所の家電屋へ。広角系が好きな俺は、28mm画角で撮れるというのが条件で、そうすると選択肢はあまりない。で、パナソニックのルミックス。ちっちゃなボディの中に、気が遠くなるほどの多機能をぎっしり詰め込んだ、ニッポンが世界に誇るテクノロジーの逸品。PC屋も含めて3件回って一番安い店でご購入した。5000円以上差があって、あぁ一軒目でいきなり買わなくて良かった。

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写真を撮るのが好きだ。

これまで写真について触れたことはほとんどないけれど、ホットバイクで書いた旅の記事の写真は自分で撮ったものが多いし、俺が作っているもう一冊の雑誌「旅学」では、ブータンを一人旅して、自分の写真で巻頭グラビア26ページを作ったこともある。

だから趣味ではない。カメラマンと名乗るわけではないからプロでもない。でもある意味、書くことより得意かもしれない。

仕事はほとんどデジカメだけど、旅で写真を本気で撮るつもりのときは、ニコンのF2という古いカメラを使う。手に入れて10年ほどになるだろうか、たくさんの旅をともにすごしてきた。南米大陸もインドも屋久島も沖縄もこのカメラ。

親指でフィルムを巻き上げて、ガシャッとシャッターを切る感覚がすごく好きだ。これに較べたら、すべてに手ごたえのないデジカメは、まったく興奮しない。

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考えてみたらカメラの進化っていうのは、ハーレーの進化とすごくよく似てるんだよね。

俺の愛器ニコンF2はパンヘッド。露出計がついているから、クランクケースが新設計になった54以降の後期型というところか。スペアとして持っているFは、ニコン初の一眼レフ。H-D初のOHVであるナックルだ。

Fの登場は1959年、F2は1971年。この時代のカメラは機械式、つまりシャッターを押した力で歯車やシャフトやスプリングが動くわけ。シャッターを切るのに電池がいらない。電気式となって80年に発売されたF3はショベルヘッドだね。この頃までは古い時代のカメラデザインに則ってる。

オートフォーカスや自動露出機能が搭載された、88年発売のF4はツインカム。エルゴダイナミズムとやらを駆使した丸っこいデザインは、F3以前とはまったく別物のモダンなデザインだ。

カメラの世界では、使ったときに感じるテイストが、バイクほど重視されないわけ。あくまでも機能重視。当たり前だ、ユーザーの多くはプロなんだから。だからバイクの世界より進化が早い。そして96年にF5、2004年にF6をリリースし、昨年ニコンはフィルムカメラの生産を終了した。

フィルムカメラがOHVだとすれば、デジカメはV-ROD。これはつまり、ハーレーが空冷OHVの生産を中止して、水冷ショートストロークDOHCだけになったようなもんだよな。

フィルムを買って、入れて、撮影して、取り出して、現像所に持って行って、撮った写真が見れるのは最短で翌日。

確かにね。

シャッターを押してすぐにみられるデジカメと較べれば、もはや絶望的に時代遅れだ。

プロ用ポジティブフィルムは1本千円、現像が千円。コストパフォーマンスに至っては勝負にもならない。

でもね、俺はシャッターを押した瞬間の、バシャッとミラーが閉じるあの機械式の振動がなくては、写真を撮ろうというテンションにならない。

バイクとおんなじなんだよね。クルマも同じ。

それほど遠くない将来に、まわりは電気自動車が増えていくだろう。でも俺は、ガソリンがある限り古いポンコツチョッパーに乗るだろうし、フィルムの生産が終了するまでF2で写真を撮り続けるだろう。

来月14日からインドへ行く。

旅学8号の巻頭特集のための旅。高橋歩君という作家とのふたり旅だ。そこで俺は、初めて「カメラマン」として写真を撮ってみようと思う。もちろんF2と28mmレンズ1本で。

いずれにしても、これから当サイトは写真充実間違いなしと思われます。

プロ野球、開幕!

March 31, 2007

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っていうか、俺は熱心な野球ファンではないのだが。

義理の弟が横浜ベイスターズの3番打者である。彼の妻と俺の妻が兄弟、という関係。家が近いこともあってちょくちょく行き来している。本日、チビ3名と沖縄から来た妻の母も加わり、開幕戦へ。

観客席は特に外野は大入り満員、入り口で配られた横浜のチームカラーのポンチョをみんな来ているもんだから、スタンドが真っ青に染まっていて、いきなりちょっと感激した。しかも相手はジャイアンツだ。

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空気が震える大声援、スポットライトを浴び夜の闇に明るく浮かぶスタジアム。ハマの番長三浦大輔の開幕第一球を高橋ヨシノブがホームランする、という波乱の幕開けから序盤は追いつ追われつの好展開。しかし中盤以降はこう着、結局ソロホーマー3本の巨人が1点差で横浜を振り切った。

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こんな舞台の主役として生きる弟は3回、四球を選んで出塁しホームに生還。センターの守備でもビッグプレーを見せたものの、3タコ。ま、いいさ、あした爆発して、この借りを返してやれよ!

俺も舞台は違うけど、たくさんの人をこんなふうに興奮させていくぜ!

なんつって。

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本日もたくさんの予約、

あざっす。

Cool Breaker2007

October 14, 2007

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クールブレイカー!!!!

モーターヘッドは今年も出店しようと思っておりましたが、ふと気がついたらもはや1週間前。

さすがに無理言うにも程があるというワケで、今年は見学のみ。

何はともあれ写真を見ていただきましょう。

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今年の目玉はなんつったってコレっしょ!!!

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AMD3位。壮絶な出来栄え。河北さんのじっくり話し込んだけど、サンダーとバフ、ウルトラハイテクの源は究極のローテクだった、という結論。いやはや鳥肌ものです。たぶんちかぢか乗れそう。うふふふふ。その節はもちHBJ&MHTVにて!

とにかく力作ぞろいであります。

きわめてクオリティ高し。

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アレン・ネスの息子、コーリー・ネスもやってきました。

トゥーバッドⅡもありました。

そういえばサンフランのショップでトゥーバッドを見たのは

もう10年以上も前。

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チョッパーデイブも来場。写真は忘れた。

まだまだあります。

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コンパクトデジカメゆえ手振れが多く、OKカットのみを掲載。

投票は、コンペティションとストリート、両部門をホットドックが制覇!

心底申し訳なさそうな河北御大でありました。

バイクはもちろん、めったに会えない人たちに会える(特に編集長を辞めてからはね)のも、クールブレイカーの楽しみ。妙なツーショットもありますね。

手作り然とした旧車が減ったね。あの手はホットロッドに流れているんでしょうか。

あと関西以西のショップが少ないのは、神戸のショーの影響でしょう。

いずれにしろcool breakerは世界に誇る日本のショー。

変則開催となる次回は5月。以降毎年5月となるもよう。

いずれにせよ次号HBJをお楽しみに。

HBJ次号予告!

November 13, 2007

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ほほー、とため息しか出ません。

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試乗説明会

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穴の開くほど眺めます。

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御大自ら打ち跨って

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走ります!

とにかく走りました。

しかも12キロほど。

ううぅっ、鳥肌ものです。

これまでに乗ったことのない類の乗り物。

世界の頂点の一角、

これは間違いのないところであります!

オイラの走りは11/27日発売のHBJにて!

世界放浪の日々

January 31, 2008

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正月3日からアフリカへ。

そして今日からブラジルへふたたび旅立ちます。

3月にはタイ、そして4月はインドに行って、バラナシという町からネパールを経由してチベットまでバイクで走る。

今年は世界を放浪する年になりそうであります。

今AM5:30、成田空港8:30だから、そろそろ出発。帰国後にいろいろ報告します。

それでは。ボン! ←ポルトガル語挨拶

地球放浪

February 12, 2008

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長いような、あっという間のようなこの2年間は、今思えば、俺が新しい道へ踏み出すための準備期間だったようだ。

24で大学を卒業して以来、月の半分近くを編集部の机や床で寝るような日々を10年以上過ごした俺は、あきらかに重度のワーカホリックで、でも40が近づくにつれてそんな暮らしを苦痛に感じるようになってきた。

その理由は、徹夜の疲れが尾を引く、つまり体力の衰えということも無論あるのだけれど、それ以上に「飽きた」という意味が大きい。

ホットバイクという雑誌を作ること。

オートバイを走らせて、それについて何かを書くことに。

もちろんオートバイは大好きだ。これについてはいささかの迷いもない。

しかし今はもう、昔のようにいろんなバイクに昂ぶることはあまりない。COOLなバイクや美しいバイクはたくさんあるけれど、今の俺は、自分のチョッパーがあれば、ほかには何も欲しくない。

自分のやりたいこと、カッコいいと感じるもの、見てみたいこと、乗ってみたい走らせてみたいと思うものばかりを記事にしてきたイケダシンという編集人にとって、自分のバイクがあれば100%満足、という情況は致命傷だ。やってみたい=企画であって、それゆえこの「やってみたい」欲望が薄れてしまうと、企画を会議で考え始めたり、何をやれば売れるかというような方向を模索し始めたりして、でもそれは俺の道じゃないことを、俺はよく知っていて。

自分が心底入れ込んできたことに、自分が飽きていることに気づくこと。これは寂しいことである。

しかし、飽きたということは同時に、あたらしい舞台で何かをやりたいという欲求でもある。

そうして俺は、編集長を辞めた。

HBJ編集長を辞したのは

2005年の末だから、昨年末で2年が経過したことになる。

編集長を辞めるということは職を失うという意味でもあり、どうやって食って行くかという大問題に直面せざるをえない。

幸いしばらく編集顧問という名目で何がしか金をもらって、あとは原稿料で食いつないでいたものの、1年で突然顧問料は打ち切られ、昨年一年、我が家の家計はかなり切迫した状況だった。

そういえばいつだったか、友達が言っていたっけ。

「あるところで、イケダさん編集長やめて何やって食ってるんだろうみたいな話になって、貯金ゼロとか言いながら実はけっこう金貯めてたらしい、みたいなウワサがあるらしいですよ」

へえ。どーでもいーけどまったく貯金はない。上限ぎりぎりまでキャッシングしたカードローンの支払いで途方に暮れ、貯金ゼロの身の上を幾度恨めしく思ったことか。

前著イエローイーグルに続き、昨年末に新しい「旅学」を出した。

オートバイで旅に目覚め、世界に目覚め、日本に目覚め、自分に目覚めた俺にとって、旅学は新しい舞台である。

チベットの天空の城、ネパールの山岳地方、月の砂漠を行くらくだのキャラバン、モンゴルの大平原で暮らす小さな家族、スペインアンダルシアのひまわり街道、妻とふたりキャンピングカーで北米大陸放浪、知床半島の春、富士山に南アルプス……

行ってみたい、見てみたい。世界中を見てみたい。この気持ちは、かつていろんなバイクに乗ってみたくてわくわくしていたあの頃の気持ちとおんなじで、そういうテンションでものを作っているときこそ俺は良いものを作るのだ。マーケティングでものを作るのは下手くそだけど、これだけは自信がある。

モーターヘッドもこれと同様。映像という新しいチャレンジはエキサイティングだから、作っていて楽しい。ちょっと忙しくてなかなか進行しませんが。

正月3日から13日までセネガル。そして31日からブラジルのカーニバルへ。2/6、帰国。

成田からドイツを経由しサンパウロでブラジル入国、さらに国内便でバイーヤ州のサルバドールという古い街へ。空港の乗り継ぎ待ち時間を含め、到着まで計40時間! (自宅からナリタまでを含めれば)ほぼ二日がかりでたどり着いたブラジル。間違いなく人生最長の旅だった。ふう。

新しい本の企画の旅だ。

EXILEのUSA=ウサというダンサーが、世界各国をダンスしながら旅をするという本とDVD「ダンス・アース」を俺が作ることになり、カメラとビデオを撮影しながら二人で旅している。

セネガルでは「サバール」というパーカッションの強烈なビートのアフリカンダンス。そしてブラジルはサンバ・カーニバル。これらについて詳しい話はおいおい書いていくとして、アフリカンブラックとアフロブラジリア、とにかくどちらも底抜けにハッピーな体験だった。

そして帰路は35時間。さすがにちょっと閉口したけど、でもそんなことはどーだっていいんだ。

世界をさすらうこと。

そこで撮った写真や動画、それについて書いた文章が世の中の少なからぬ人たちに広がっていく歓び。

それらに較べれば、12時間飛行機に乗って空港で9時間待って次の飛行機は13時間、そんなの大したことじゃない。

来月はダンス・アースの次なる旅、タイへ。

4月末にはインドのバラナシという町へ行き、そのまま5月中旬にインドからネパールを越えてチベットまでバイクで走ってみようと思っている。ちょっとした冒険、日本に戻るのは6月中旬だろうか。

バイクはエンフィールド。4スト単気筒のシーラカンスみたいなヤツで、どうやら新車が1700ドルで買えるらしいし。

オートバイが仕事であるように、2年の充電期間(リハビリ期間?)を経て、旅が仕事になった。

好きなことは、楽しい。

人生というこの旅を、徹底的に楽しく歩いてやるゼ。

断崖絶壁を、花咲く野原を行くように。

地球放浪の年、すべては偶然の思し召すままに。

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CARNAVAL@salvador,Brasil